バイポーラトランジスタのモデリング

Dotバイポーラトランジスタ (BJT) の構造

 バイポーラトランジスタ(BJT)のモデルは、1次元の簡略化された物理的モデルに幾つかの2時的効果やフィッティングパラメータを加えて作られています。半導体物性についてのバックグラウンドとしてはpn接合ダイオードの動作原理を理解していれば十分です。npn と pnp の2種類のモデルがありますが、極性が異なる以外は全く同じですので、ここでは、npn トランジスタのみを解説します。また、図4-3-1 のように電圧電流の極性を定義することにします。尚、このページでは、ノイズ特性などを除く基本的なパラメータのみを説明しますが、ここで出てくるパラメータで、十分にBJTの基本特性を表現することができます。

BJT Electrodes
図4-3-1 極性定義

図4-3-1 では、明らかに下記の2式が成立します。

IE + IB + IC = 0 (3-1a)

VEB + VBC + VCE = 0 (3-1b)

 図4-3-2 に実際のBJTの構造例を示します。SiO2層は、素子分離のために必要です。また、SiO2層下部に広がるn+層(高濃度のn型不純物を含む埋め込み層)は、コレクタ電流がコレクタ電極に届くまでの抵抗値を下げるために挿入されています。どのようにしてこのような構造を作ることができるのか興味がある人は、プロセス/デバイスシミュレータ演習のページを見てください。SPICEでは、この構造を1次元で近似します。図中に柿色で囲った部分の"n+/p/n"の部分が1次元モデルで表現される部分です。

BJT Structure

図4-3-2 BJT の構造例

DotEbers-Moll のモデル

Ebers-Moll injection model

図4-3-3 Ebers-Moll の注入モデル

 SPICEでは、BJTの直流特性を示すために Ebers-Moll のモデルまたは Gummel-Poon のモデルを使用します。シミュレーションで使用するときにGummel-Poon モデルのパラメータを指定しなければ、自動的に Ebers-Moll のモデルが使用されます。図4-3-3に Ebers-Moll の注入モデルを示します。BJTは、2つのpn接合を持っているので、2個のダイオードの組み合わせにより表現できますが、実際にはダイオードを2個接続しただけでは増幅特性が現れません。BJTの増幅現象の本質を手短に述べると、「順バイアスされたB-E接合からベースに注入された少数キャリア(この場合は電子)が、再結合して消滅する前に逆バイアスされたB-C接合に到達してしまうため、ベース中の少数キャリアが、コレクタへと多量に流れ込んでしまう」ところにあります。B-C接合が逆バイアスされているなら、本来は、僅かに飽和電流が流れるだけなのですが、B-E接合との相互作用により、順バイアスされたB-E接合と同程度の大きな電流が流れてしまうので、両接合の電流の比 IC/IE(ベース接地電流増幅率)は、僅かに1より小さい値となります。電子回路の講義で習ったように、高抵抗の逆バイアスpn接合に大きい電流が流れれば、大きな電圧増幅を起こしたことに相当します。さらに、エミッタ接地形式にすれば、下記のように大きな電流増幅率を得ることも可能です。

IC = -AI IE (3-2)

ここで、AI はベース接地の電流増幅率。ここに、(3-1a) 式を代入して、整理すると、

IC = BI IB (3-3a)

BI = AI/(1 - AI) (3-3b)

となり、AI = 1 ならば、エミッタ接地電流増幅率 BI は、無限大の値となります。このように、図4-3-3 では、pn 接合 D1 に流れた、電流 I を AF 倍して I2 に流してやることで増幅特性を表現しています。B-E 接合への B-C 接合の影響も同じように考えることができますので、BJT全体としては、図4-3-3 のように表現することができます。

ここで、IF, IR は、ダイオードに流れる電流なので、ダイオードモデルのページで示したように、下記のような非線形特性を示します。

IF = IES { exp(qVBE/kT) - 1 } (3-4a)

IR = ICS { exp(qVBC/kT) - 1 } (3-4b)

さらに、これらを用いて IC, IE, IB は、下記のように計算されます。

IC = AF IF - IR (3-5a)

IE = AR IR - IF (3-5b)

IB = (1 - AF) IF + (1 - AR) IR (3-5c)

[注] ダイオードモデルのページで説明したように、GMIN (単位=1/ohm, デフォルト=1012)の値のコンダクタンスが、自動的にpn接合と並列に挿入されます。これは、.OPTIONS コマンドで値を設定できますが、SPICEの計算の収束安定性を確保するためのものなので、GMIN=1012よりは小さくできません。

 このモデルでは、D1, D2 の特性を表すパラメータ2個と、増幅特性を表すパラメータ AI, AR の合計4個のデバイスパラメータが必要となります。SPICEでは、パラメータの数を減らした Ebers-Moll の輸送モデルというのが使用されていますので、これについて説明します。

Ebers-Moll transport model

図4-3-4 Ebers-Moll モデルの変数置換

 先ず、図4-3-4のように変数の置換を行い、電流源を基準とした形に直します。これに伴い、IC, IE, IB は、下記のように書き直されます。

[注] SPICEのパラメータは、赤い文字で示すことにします。

ICC = AF IF = AF IES { exp(qVBE/kT) - 1} = IS { exp(qVBE/kT) - 1} (3-6a)

IEC = AR IR = AR ICS { exp(qVBC/kT) - 1} = IS { exp(qVBC/kT) - 1} (3-6b)

IC = ICC - IEC/AR (3-6c)

IE = IEC - ICC/AF (3-6d)

IB = (1/AF - 1) ICC + (1/AR - 1) IEC (3-6e)

但し、

IS = AF IES = AR ICS (3-6f)

 ここまで式を導出してきた人は、式(3-6e) が如何して成立するのか不思議に思われたかもしれません。先ず、電子デバイス等の講義で習った電流増幅率 AF の大小を決めるパラメータについて復習します。

AF = AE AT AC (3-7a)

 (3-7)式で、AE がエミッタ注入効率で、エミッタ電流のうちベースの少数キャリアによる電流成分の比率です。ベースへの少数キャリア注入のし易さを表し、この値は、エミッタとベースの不純物濃度によって決まります。この値を高くするために、ベースの不純物濃度をエミッタより低くする必要があります。AT がベースの輸送効率で、ベースに注入された少数キャリアが途中で再結合せずにコレクタの接合に到達する比率を表します。この値を高くするためにベースの厚さが薄い必要があります。AC がコレクタ効率で、B-C接合に到いた少数キャリアが、B-C接合の電界でコレクタまで引き出されコレクタ電流になる比率を表します。これは、通常1と近似されます。

AC = 1 と近似すると、

AF = AE AT = (Ine/IF) AT (3-7b)

となります。但し、Ine は、ベース領域の少数キャリアの拡散電流成分を表します。

次に、逆バイアスを印加したB-E接合について考えます(図4-3-3 参照)。逆バイアスで飽和しているとき、近似的に IF = IES が成立します。従って、

AF = (Ine/IF) AT = (Ine/IES) AT (3-7c)

一方、逆バイアスしたB-C接合でも同様に、

AR = (Inc/IR) AT = (Inc/ICS) AT (3-7d)

 図4-3-5に示すように、逆方向の拡散電流Inはベース領域の少数キャリア濃度のみに依存しますので、ベース領域が均一という仮定のもとで Ine = Inc と考えられます。従って、(3-6f) 式が成立します。

Ine = Inc = AF IES = AR ICS (3-6f)

Carriar distribution in pn junction

図4-3-5 逆バイアスされた pn 接合のキャリア濃度分布

(3-6a), (3-6b) 式で、パラメータを1つ減らすことができたので、Ebers-Moll のモデルを少し簡単化しましょう。

IC = ICC -IEC/AR = IS { exp(qVBE/kT) - 1} - IS { exp(qVBC/kT) -1}/AR = IS {exp(qVBE/kT) - exp(qVBC/kT)} -{(1-AR)/AR} IS { exp(qVBC/kT) - 1} (3-8)

ここで、下記のように変数とパラメータを定義します。

IC = I CT - IEC/BR (3-9a)

ICT = IS {exp(qVBE/kT) - exp(qVBC/kT)} (3-9b)

BR = AR/(1 - AR) (3-9c)

同様にして、次式が得られる。

IE = IEC - ICC/AF = -ICT - ICC/BF (3-9d)

BF = AF/(1 - AF) (3-9e)

IB = ICC/BF + IEC/BR (3-9f)

(3-9a), (3-9d), (3-9f) 式より、図4-3-6 のようなモデルで表現可能であることがわかります。以上に説明した3つのパラメータ、BF, BR, IS がBJTモデルの最も基本的なパラメータとなります。

Ebers-Moll transport model

図4-3-6 Ebers-Moll の輸送モデル

Dot2次的効果の挿入

 Ebers-Moll モデルは、半導体のpn接合の特性のみを表現しているため、半導体内部とオーミック電極の抵抗を別途挿入する必要があります。図4-3-7 に各電極にRE, RB, RC を挿入したモデル図を示します。ベース抵抗 RB は、入力側の直列抵抗となるため周波数特性に強力に効くので、値の決定には注意が必要。エミッタ抵抗 RE は、実際にはRB と見分けることが難しく、

RB = (1 + BF) RE (3-10)

の形で、ベース抵抗に換算されます。また、コレクタ抵抗 RE は、飽和領域(VCE小)の領域のIC - VCE 特性の傾きなどに効きます。

Series Resistance

図4-3-7 寄生抵抗

 SPICEモデルでは、Early効果をシミュレートするためのアーリ電圧が、パラメータ VAF として用意されていいます。Early 効果は、VCE に逆バイアス印加するとき、B-C接合の空乏層幅がVCEに依存し、これに伴いベース幅もVCEに依存するため、電流増幅率がVCEにより変化してしまう現象です。BJT特性としては、図4-3-8 のように Ic - VCE 特性に傾きが現れ、外挿するとVCE軸と大体1点で交わるという特長があります。ベース幅 WB が近似的に VCE と直線関係にあるとすると、

WB = WB(0) (1 + VBC/VAF) (3-11a)

IS(VBC) = IS(0) (1 - VBC/VAF) (3-11b)

BF(VBC) = BF(0) (1 - VBC/VAF) (3-11c)

のように表せます。VAFを定義した場合、SPICEパラメータ IS, BF は、(3-11b), (3-11c) 式の、IS(0), BF(0) を定義していることに注意してください。また、エミッタとコレクタを入れ替えて逆方向のアーリー電圧 VAR というものも定義できます。

Early Effect

図4-3-8 Early 電圧

Dot蓄積電荷モデルのパラメータ

 SPICEでは、パルス応答や周波数特性をシミュレーションするために、蓄積電荷モデルに基ずくパラメータが採用されています。このモデルは、パルス回路等の講義で習ったかもしれませんが、ここで少し復習しておきましょう。半導体内部の少数キャリア分布の時間的変化は、小信号拡散容量の原因となり、またステップ応答の次定数を決定する要因となります。

Strage Charge in BJT

図4-3-9 蓄積電荷の分布

 pn接合のバイアスにより注入された少数キャリアの分布が、図4-3-9 のように直線近似できるとき、「拡散電流(キャリアの濃度勾配によって流れる)は少数キャリアの電荷量に比例」する関係が成立します。増幅された電流成分ICCの流れと比例する電荷をQDEとします(QDE 〜 QE + QBF)。このとき、比例係数を TF で表すと、次式のようになります。

QDE = TF ICC (3-12a)

TF は、トランジェントタイムと呼ばれ、時間の次元を持ちます。同様に、IEC の流れと比例する電荷を QCE(QCE 〜 QE + QBR)とすると、

QCE = TR IEC (3-12b)

と表せ、TR は、逆方向トランジェントタイムと呼ばれます。(3-12a), (3-12b) の関係式を用いて、次のようにエミッタ拡散容量 CDE とコレクタ拡散容量 CDC を計算することができます。

CDE = dQDE/dVBE = TF dICC/dVBE (3-13a)

CDC = dQDC/dVBC = TR dIEC/dVBC (3-13a)

Dot空乏層容量

 空乏層内のドナーイオン、アクセプタイオンに対するポアソンの方程式の解より、B-E接合空乏層容量 CJE(VBE) 、 B-E接合空乏層容量 CJC(VBC) とC-SUB(基板)間容量 CJS(VVCS) が次式のように得られます。

CJE(VBE) = CJE(0)/(1 - VBE/VJE)MJE (3-14a)

CJC(VBC) = CJC(0)/(1 - VBC/VJC)MJC (3-14b)

CJS(VCS) = CJS(0)/(1 - VCS/VJS)MJS (3-14c)

また、ダイオードモデルのページで説明したように、空乏層容量が順バイアスで発散しないためのパラメータとして、FCが用意されています。値は、0 - 1 の間で適当に設定します。VJE, VJC, VJS はそれぞれの接合のビルトインポテンシャル(pn接合電流-電圧特性の立ち上がり電圧と大体一致)、MJE, MJC, MJS はそれぞれの接合の指数(0.5 - 0.33)で、不純物濃度分布形に依存します。以上のモデルを回路図表示すると図4-3-10 のようになります。

BJT Model including C

図4-3-10 容量モデルを含む等価回路図

DotGummel-Poon モデルパラメータ

 Ebers-Moll モデルでは、低電流での電流増幅率低下、ベースの完全空乏層化、高水準注入等が引き起こす特性を表すことができません。Gummel-Poon モデルの解説は非常に長くなるので、ここでは現象論的に幾つかのパラメータの性質について大まかに解説します。

 BFのIC依存性(VBC一定)を模式的に図4-3-11に示す。

BF-IC Characteristic

図4-3-11 BFの電流依存性(1)

 IC または IBが小さい領域と大きい領域で、BFの減少が見られます。ICの小さい領域では、E-B接合での再結合電流が増大し相対的にエミッタ注入効率が低下しています。また、ICの大きい領域では、高水準注入により多数キャリアの増大を招き、やはりエミッタ注入効率が低下します。この様子を図4-3-12 に示します。

Ic and Ib Characteristics

図4-3-12 BFの電流依存性(2)

この図の特性を表現するためのパラメータとして次のようなパラメータが使用されています。NE は、B-E接合リークエミッション係数、NF は、順方向電流エミッション係数、 IKF は、順方向大電流BF減少点、ISE B-E接合リーク飽和電流を示しています。逆方向の輸送特性に対しても同様にして、B-C接合リークエミッション係数 NC、逆方向電流エミッション係数 NR、逆方向大電流BF減少点 IKR、B-C接合リーク飽和電流 ISC が定義されます。この他、内部ベース抵抗(エミッタ直下の領域)のIB依存性や、TFのバイアス依存性、各種温度依存性やノイズ特性などを決定するパラメータ(ダイオードモデルのページ参照)が準備されていますが、ここでは省略します。

 以上のSPICEパラメータをまとめると次の表のようになります。

表1 ダイオードモデルのパラメータ
パラメータ意味デフォルト単位備考
IS飽和電流10-16A面積ファクタの影響有り
BF最大順方向BF100--
BR最大逆方向BF1--
RBベース抵抗0ohm面積ファクタの影響有り
REエミッタ抵抗0ohm面積ファクタの影響有り
RCコレクタ抵抗0ohm面積ファクタの影響有り
VAF順方向アーリ電圧infiniteV-
VAR逆方向アーリ電圧infiniteV-
TF順方向トランジェントタイム0s-
TR逆方向トランジェントタイム0s-
CJEゼロバイアスB-E接合容量0F面積ファクタの影響有り
CJCゼロバイアスB-C接合容量0F面積ファクタの影響有り
CJSゼロバイアスC-S接合容量0F面積ファクタの影響有り
VJEB-E接合ビルトイン電圧0.75V-
VJCB-C接合ビルトイン電圧0.75V-
VJSC-基板接合ビルトイン電圧0.75V-
MJEB-E接合C-V特性指数0.33--
MJCB-C接合C-V特性指数0.33--
MJSC-基板接合C-V特性指数0--
FC順方向バイアス空乏層容量係数0.5--
NEB-E接合リークエミッション係数1.5--
NCB-C接合リークエミッション係数2--
NF順方向電流エミッション係数1--
NR逆方向電流エミッション係数1--
IKF順方向大電流BF減少点infiniteA-
IKR逆方向大電流BF減少点infiniteA-
ISEB-E接合リーク飽和電流0A-
ISCB-C接合リーク飽和電流0A-
EGバンドギャップ1.11eV-
XTIISの温度係数3--
(参考)SPICE のデバイスモデルパラメータには、大文字と小文字の見分けはない。

Dot[演習問題]

Ebers-Moll モデルのパラメータ BF, BR, IS はBJTの特性上何を表しているか。B-E接合順バイアス、B-C接合逆バイアスの条件下で、下記の数値シミュレーションを行い考察せよ。

  1. VBE - ln IC プロット
  2. VBC - ln IB プロット
但し、BF = 100, BR = 10, IS = 1E-16 (A) とする。


Copyright (C) 1998 Akio Kitagawa

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